本日の強制おすそわけチャート
U2のLady with the sppining head。
ちょっとマニアックだけれど
ひと昔前のニュースステーション(Not 報道ステーション)
見たことある人ならばおなじみかもしれない。
2011/11/29
強制/おすそわけ/チャート
フィッシュマンズ「ずっと前」
濃霧あるいはゆらりと立ち上がる億劫な1日のために。
2011/12/02
強制的お裾分ける朝のチャート/
Jonny Greenwood - And I'll Come And See/
(どこへもたどり着けない朝のために)
2011/12/03
おはようございます/
強制的でおすそわけしてないチャート/
Jonny Greenwood - Don't Read What Hasn't Been Baptized by Time/
(どこへもたどり着けない土砂降りの朝のために)
2011/12/04
おすそわけてないチャート/
Joni Mitchell - Blue/
(もしもぼくたちがブルーという場所に落ち入り沈み込んでも、
けっきょく軽やかに歌い上げるしかない。
どんな歌を歌うかは、それぞれ。)
2011/12/05
大リーグ矯正ギプス的おすそわけチャート/
Caetano Veloso - Manhata (Para Lulu Santos)/
(力無く意識の辺土をさまよう朝のための)
2011/12/06
朝刊的おすそわけチャート/
Caetano Veloso - Cucurrucucu Paloma/
(ククルクックルククルククルクックルーと嘆く朝のために)
2011/12/07
準強制オヌヌメチャート/
Scott Walker - On Your Own Again/
(骨抜きもままならない朝のために)
2011/12/10
タイムリィなおすそわけチャート/
björk: moon/
(月食の始まる夜のために)
2011/12/15
双子のおすそわけチャート/
Sigur Rós - ( ) - Untitled 03(Samskeyti)/
(流れ星の燃え尽きる大気圏のための)
http://www.youtube.com/watch?v=x3OJTZVKZx8
best wishes.
なあんてね。

"Strings_F"
仕事ではなくて、
心の方が、きつくてきつくて、
「こりゃあ根無し草的な悲しみだな」とか思った瞬間、
「あれ根無し草なのに根腐れしてんじゃん」とか思った瞬間、
うまいこと言ってやったぜとか思った瞬間、
へへへっとにやけた。
(くだらん。)
で、勝手に少し元気になって、
さあ家へ帰ろうって、前のめりに自転車のペダルをこぐ。
息が弾む。
そして、タイヤがパンクする。
ぷしゅーーーっとすごい音がする。
ついてないね。
見上げると、まるで白いNebulla(星雲)のような雲間に、
赤い赤い、火星が笑っている。
ぼくは、そこらへんがずいぶん冷え込んでいるのだろうと想像する。
−270℃ほどの世界。
ランランギラギラと瞬く銀河を思い浮かべしつつ、
ぼくはパンクした自転車を押して帰った。
ついでにハミングひとつ。
(すっごい寒波、みなさま、風邪など引かぬように。)

"Strings Orchestral"

"Strings_A"
"Strings_B"

"JAPAN"
"GeGeGeNoGe"
"Moku Tou"
"showcase"
これは、ひとつの行進についてのやり方、その話。
9/11の話。
(久しぶりに某文集向けスタイルで書いてみよう。)
(そうして拡大解釈をしまくってストーリーを練り上げてしまった。)
(きっと、ミヤケン...※宮沢賢治...の歩いた道っていうことではしゃいでしまったのだ。)
(ミヤケンにならって、ほんとうに光の粒と闇の断崖の中を歩いたんだってば。)
==============================
どんより曇り。天候は芳しくない。
晴れの魔女と呼ばれる人を連れてもなお。
ああ、ぼくが連れて来てしまったな、と思う。思います。思いました。
だって、このあたりのぼくの山ってば、もうなんだか雨雲を引っ張って歩いてるんだもの。
雲の中に目的のがんじゅ山はすっぽりと覆われている。
予報によれば、午後から晴れるらしいので、そこに賭ける。
敬愛する友人たちとぼく、3人編成。
白い霧の中を歩く。いつもよりもゆっくりと。
おかげで思い出す。樹々や、岩肌を見ること。
上を見ながら、下を見ること。
力ではなくて、流れを読みそこに身体を預けること。
足下が生きる大地で、生きる大地が花を育てていること、
そこに敏感に注意を払うこと、花の名前をつぶやくこと。
(花の名前を知らなければ、ぼくたちは誰かにその花を見た喜びを、どう伝えればいいだろう??)
赤い河の駆け巡る音を聴くこと。
鼓動が静かに、暖かく脈打つこと。
ぼくやきみを動かすものは、憎しみではないこと。
さて、果たして山頂に立てば、ごらんよ、なぁんにも見えないんだから!
白いまぼろしと暴風の中で、三角点も見つけられやしないったら。
でもなんだかため息はない。
友人は自作の楽器を乱れ弾く。べんべけべんとたこ糸の音がする。
たこ糸が(たぶん)時空を超えてがんじゅ山をイーハトーボへと姿を変える。
たこ糸。
下り、14時過ぎに少しだけ雲間から、青い切れ目。
大きな平原に町の建物が見える。
ほんのわずかの景観、でも、みんなきっと嬉しかった。
14時46分にさしかかったので、ちょうど晴れた海側を向いて、小さな黙祷。
あとはどんどん下りていく。
道を間違える、ほら、またしても、ぼくだ。
ルートミス、おいおい、なにをしているの??
初心者なんだよ、きみは、気をつけなきゃ。
こないだ、間違えたばかりでしょう??
友人、ついに絶好調に。
でかいホオノキの葉を手に入れ、仮面の男に変化をする。
周囲の登山者にいちいちバカ受け。ぼくもバカ受け。
オリジナル。
いいかい、これがオリジナルなんだよ。
たぶん、生きることを楽しむこと、より知っているのだろうと感じる。
憎しみではなくて、喜びによって生きることが、なにより大事なのだ。
あるいは、より良い道具を担いで歩くことなんか、ぜんぜん大事ではないのだ。
徹頭徹尾、2人の友人に連れて行って頂いたのだと、思っている。
そうでなければ、気付かなかったであろうことや、見つけられなかったであろうことが、山ほどある。(...山だけに。)
友人も後輩も隣の人も生まれたばかりの赤ん坊も、もちろん大地も宇宙の星くずも、
ぼくはこらからも先「誰かと歩く」ときは、
たとえ立場上案内する側であっても、じっさいには導かれる側なのだと、覚えておくのだ。
ぼくへの自戒として。溢れるほどの喜びと希望のひとつとして。
1人で歩くことは険しくて、経験も大きい、小さな幸せがある、
夜に植物が咲く音を聴けるのは、その時だけ。
耳はいつも以上にクリアに。
それって、得難いけれども、
だけれども、
それだけじゃもちろん足りないでしょう??
誰かと歩くことはもっと険しくて、もっと難しくて、
なのにもっとカンタンで、もっと楽しい。
「誰かと歩く」ことを地道につなげていけば、70億人の行進が垣間見える。かも。
(ミヤケン的イーハトーボの世界ですよ。イーハトーボ的世界。)
※そしてこの「誰かと歩くこと」「70億人の行進」の険しさと楽しさというものを、
このすぐ後にふたたび味わうことになるのだけれども、
それはまた後ほど。乞わないご期待。

















